目次
- 80年代の青年団運動
- 青年にとって80年代とはどういう時だったのか
- 新館建設募金5億円の達成/新館建設募金運動
- 積極的な役割を担った平和運動/原水爆禁止運動
- 新青年団の主体的力量づくり/団員倍増計画
- 日中青年大交流と「日青協」/交流を一気に広げて
- 国際青年の年と「日青協宣言」/主体性確立
- 募金運動も創意生かして/アフリカ飢餓救援
- 問題をリアルにとらえて/組織強化拡大構想
- 時代が求めた「青渓塾」/学習と総括の場
- ミュージカル「さらば鯖の目ン玉」/6万人動員
- ふるさとクリエティブプラン/地域作り
- 80年度-各分野で活動が活発化
- 81年度-きびしい状況下で
82年度-反核・平和に積極的に参加
83年度-3つの基本目標で
84年度-青年3000人訪中
85年度-国際青年の年の高揚の中で
86年度-組織にしっかり目をむけて
87年度-青渓塾スタート
88年度-中長期計画の決定、実践へ
89年度-東欧の劇的変革の中で
90年代を展望する
- 青年団運動のあらたな前進をめざして
- ■青年運動への提言■
- 矛盾の自覚、青年の主体的役割を自覚した活動を●中村 攻●
- 「生活の場からの発送を基礎にして●田中里子●
- 世界平和実現のためのパイオニアとして●岩垂 弘●
- 世論形成のイニシアチブをとり続けて欲しい●安斎育郎●
- ナマの現実から出発した多様な学習活動に期待●千野陽一●
- 時代を取り込みつつ地域をつくるエネルギー源に●樋口恵子●
- 名言を超えて-人類の母性を人以上に人をうまず 人以下の人をうまず●住井すゑ●
- 農の土-忘れてはならないことを見逃さないで欲しい●立松和平●
- 寅さんと青年-満男のような青年こそリーダーの資格があるのでは●山田洋次●
- 働く青年の教育学習はこれまで以上に重要となる●竹内真一●
- 青年団の挑戦的テーマは異文化共存の社会創造●加藤憲一●
- 日本青年団協議会役員名簿
- 年譜
日本青年団協議会は、昭和26年5月に結成され、はや40年の歳月が流れました。そしてその歴者、日本の青年運動の奇跡と、地域社会の変遷をしめしてきたといえ、多くの先輩や関係者の勇気と正義感、そして未来への創造に裏打ちされた汗と涙の連続であったと思います。
戦後の混乱期の中にあって、まさにいち早く立ち上がった青年団。…農業基盤の改善をすすめ、地域に適した農産物の開発をすすめました。また、農家の次、三男や兼業農家の青年のために、新たな職場づくりを行いました。そして又、演劇や映画の上演上映活動を展開しました。あるいは、封建的な社会に対して、民主的な行動に立ち上がりました。同時に地域を守る運動も起こしました。
そうです、私たちの先輩は、どの時代でも、世界の平和と人々の幸せのために頑張り続けてきたと言っても過言ではありません。本当に感謝の念に絶えません。
今回、「80年代の青年団運動」として、その10年を振り返ってみました。何と言っても、「青年団第二の高揚期」と言わせしめた時代であり、全国の心熱き仲間の心の拠点とも言える日本青年館が新しく建設された時でもあります。国際化、情報化が叫ばれ、地球が狭くなったと言われ、日本の中でも昭和の時代が終わったときでもありました。世界の中でも東西関係が対立から対話へと動き出している様に言われております。有史以来の言葉を使えば、まさに激動の時代であったと言えます。
こうした中であって、青年はどうであったか、三無主義、五無主義と言われ、自分さえよければと言った視線が青年に投げかけられていると言ってもよいでしょう。新しい道のりを考えるとき、「温故知新」まさにその言葉通り、今後の私たちの青年団活動に関わる者の行く道は、先輩方の築かれた40年、いや、自然発生的といわれた時代も含めて、この道程の中にこそ存在するように思われてなりません。今をいきいきと生活する若者が共に手を取り、スクラムを組んで、新しい運動をつくりだして行くことを目指し、多くの仲間と共々に頑張って頑張りぬく決意であります。
今後とも関係各位の一層のお力添えを切にお願い申し上げます。
1991年5月5日
日本青年団協議会 会長 青木幹雄